はじめに。
古代史は話半分というか、史実は結局どうなのか想像しながら読むのが楽しいものだ。
飛鳥時代を代表する、善政しまくりおじさん、聖徳太子。
善政とみなされそうなことが粗方彼の業績に押し付けられている上に、超人エピソードまでもあり、度が過ぎていてもはやツッコミどころである。「や、どんだけ後付けされたの」とか言いたくなる方もあろうが、まあ古代史のレジェンドポジションなど、そんなものであろう。*1
それはさておき、奈良・大阪には聖徳太子殿に因んだ地名などがいろいろあり、本人の胡散臭さはさておき文化的な面白さがある。
700年ほど前、エッセイ集にエピソードをやたらちりばめ*2ながらも、「世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆虚言なり」などと平気で書きやがるふざけた強メンタルオヤジがいたし、近代にも「情報信ずべし、しかも亦信ずべからず」と言い残したナメた競馬ファンおじさんもいた。
まあそんなもんだ。
人生初法隆寺を愉しむ。
ほどなくして法隆寺到着。聖徳宗総本山である。
や、法隆寺に来たの、たぶん人生初だ。金堂他は有料だが境内を見て回る分には無料だったのね。
本堂と五重塔を中心としたメインキャンパス?たる西院、夢殿を中心とした東院と、東西に分かれる。
こちらもスケールと経済力に満ち溢れた、見事な仏教ワンダーランドである。
それにしても、東西をつなぐ土塀の小径が実に味わい深い。
あい。
中宮寺、そして中宮寺跡。
法隆寺周辺をせっかくだから少しだけ観て回りつつ、太子道へと歩みを進めることにする。
オリジナル中宮寺はなぜか江戸時代ごろに移転して遺構となっている。なんか都合悪かったんだろうな。
このあたりはいずれゆっくりめぐるとしよう。
上宮遺跡公園に立ち寄る。
余りの魔改造の結果のせいかどうか、キャプションだらけでなんの遺構なのかさっぱりわからん。
とはいえ公園なのでおトイレを借りておく。