駄目社員はむの日記

USO800 certified.

陽春のオイローパXX日間の旅 Day 09

朝。

4時半起床。
今日は移動日。起きられればもう大勝利だ。

7時チェックアウト。

寒い雨の中、鉄道駅へ。
肺が痛い。肺炎なりかけか。移動しながらどう体調を御するか、厳しい戦いである。

0755高速鉄道で移動。

フレンチ指定席居座りおばさんは、堂々としていて清々しい。
「あらあなたの席なの、だから?」みたいな態度を取れる強さが欲しいと思った。

10時すぎCDG空港着。

今日は移動日。

陽春のオイローパXX日間の旅 Day 08 聖マルタンの町歩き

朝。

0445起床。

  • 昨夜時点からすると回復しているが、なお不調。これはどこかで風邪拾っちまったかな。咳も出る。
  • 日本マクドナルドは、くそどうでもいいXでの企画をやめたら、たいして値上げせずに済むんじゃないだろうか。

8時過ぎ朝食。


お仏蘭西だ。朝食は当然のようにうまい。
外のフレッシュな空気を吸いたいが、またあとでだな。
ホテルの目の前はロワール川だった。フランスで川というとセーヌ川、ローヌ川の印象が強そうなものだが、やたら流域面積が広くて、中流域のオルレアン、河口付近のナントと、主要都市を潤してきたという点では、ロワール川は重要だ。

10時過ぎホテル発。

今日の現場は11-12時。
あまり期待していない訪問先だったのだが、意外な仕事を拾えそうな予感がした。

午後。

午後は丸々空いてしまう。
体調はやはりよくないが、天気もいいし少し歩くとする。

この町は古代からの歴史を持つ「古都」である。

何しろフランスの首都がおかれていたことがある。そして「はぐれキリシタン」な僕にとって、ここは「聖人の町」という認識だ。

結構急流なロワール川の風景をまずは楽しむ。

まずはカテドラル。Cathédrale Saint-Gatien。


今は主要都市には程遠いが、ここは司教座がおかれていた都市。だからCathédraleがある。

サンガティアン大聖堂。ド定番な北フランスゴシック様式している。

そのお隣は美術館・・・え。



な、なんだと!火曜お休みとかなんだよもう。ここで2時間は楽しめると思っていたのだが、予定が狂った。

カミーユ・クローデルの特別展観たかったぜ。「女みたいな名前だな」という死亡フラグセリフを吐きたかったのに。*1

町中を歩いていると、古き良き欧州都市の雰囲気。

  • まず治安がとても良いのと、道路が汚れておらずきれい。
  • 多国籍化を回避できた町と思った。まず圧倒的に白人が多い。パリやリヨンのようにアフリカンに占領された感じが全くない。白人の町。アクセスが不便な分、有象無象に押しかけられなかったのかもしれない。
  • そしてなにより、中世都市らしい感じの路地がいっぱい残る。石畳で、イタリアでいうところのカンポ的な小道が多い。中世都市が攻められにくく作っていたのの名残かな。木組みの家も風情があって良い。




観光都市としては渋すぎる。

どうしても欧州他国からの観光客は(あるいは日本人だって)、フランス来るならパリやリヨン行っちゃいますよね。
なのでこの町は、フランス人のための観光都市という風情。観光客が多くないから治安がいいのかもしれない。

最後に、バシリカ。Basilique Saint-Martin。



サンマルタンのバシリカである。いやー、ネオビザンチンすなー。


教会内は、回廊部分が薄暗く、センターだけ天蓋から光がやけにドーンと降ってくる。いわばジャズライブ的なライティングである。*2
欧州初の聖人=サンマルタン(Saint Martin)といえばこの町。なにしろこのバシリカは、その聖人の墓の上に建てられている。
歴史的に建物は何回か崩壊しており、現在の建物は19世紀の作だから、必然的にネオビザンチンとなったようだ。
バシリカに入ってみると、確かにその奥、階段を下りた地下1階に聖マルタンのお墓があり、香が焚かれていた。

バシリカの周辺の遺構。




現在のバシリカの周囲には、時計台と、シャルルマーニュの搭(=カール大帝?)が建っている。これらはかつて存在した巨大なバシリカ建築群の遺構ってことになるらしい。

ほかにも街歩きしながら、痕跡を探せる模様。時間と体力が許すなら順番に回りたいよ。

体調が落ちてきたのでホテルに戻る。

ちょっとした街歩きでした。

夜。

またぶっ倒れてた。
今回は二夜連続、まともな晩ごはんにありつけていない。

*1:カミーユ=クローデルはもちろん女性ですが

*2:先程のステンドグラスとバラ窓で光を聖堂いっぱいに取り込みセイクリッドな気持ちにさせるゴシックと対照的だ。

陽春のオイローパXX日間の旅 Day 07

朝。

4時起床。
即座にシャワーを浴びる。

7時チェックアウト。

朝食取り、0710発に国鉄に乗ろうとしたら、ダイヤが盛大に乱れていた。

午前中。

0730集合のところ30分押し。白耳義国鉄のストを呪う。

0950現場入り。

10時から12時までクラブで歌う。僕は後半。

午後。

最悪な治安で知られる「南駅」に戻ってきた。
こっから電車で南下。

夕方。


巴里で乗り換え。「パリ北駅」は相変わらず最悪最低で気分が落ち着かない。

メトロで主要鉄道駅間移動。

メトロでモンパルナス駅まで向かい、さらに高速列車に乗ってさらに南下。

20時過ぎホテル着。

これは体調ダメなやつだ。今日は夕食をスキップして回復に努めることにした。

ミリも参考にならないブラッセル観光 2026春 (2) (ミリだけに)

今日もまったく参考にならない観光をしたい。


まずは盾(中世ブラッセルの城壁の痕跡)の上辺を歩く。

Jardin Botanique に入る。


植物園というほど植物園ではないのだが、結構いい公園なのである。
こういった無駄に贅沢な公園に出会うのは、白耳義が王国であったことを再認識する瞬間である。

ここのホールは小コンサートホールとしても使われていた記憶。僕がいたころ、KOKIAさんとか確かここで歌ってた。栗コーダーカルテットもここでコンサートしてたような。

東へ東へ。

続いて、Schuman。あるいはEuropean Commission。



駅でいうとシューマン。この辺でもっとも有名な建物は、欧州委員会本部である。

そして、サンカントネール公園(Parc Cinquantenaire)。


この辺くるの10年以上ぶりだ。昨日に引き続き、盛大にガスってますな。ブランデンブルク門ほど有名じゃないけど、歴史の舞台になっている凱旋門だったりします。
ここが本日の目的地。

王立軍事歴史博物館(Musée Royal de l'Armée et d'Histoire Militaire)にきた。12EUR払って入場。

サンカントネール公園近辺には複数の博物館がある。王立軍事歴史博物館・オートワールド(自動車博物館)・王立美術歴史博物館だ。

その中でも、今回久しぶりに来たいと思っていたのが「王立軍事歴史博物館」である。
欧州内外に軍事博物館・戦車博物館数あれど、ここが提供する間口は恐ろしく広い。「戦史」だけでなく、乗物から文物・技術など、中世から近代までの広範な遺産と出会えるのだ。

覚悟はよいか?

この博物館のハイライトは「第一次・第二次大戦の膨大なコレクション」。

14世紀から現代までの戦争・武具・兵器・乗り物の歴史がしこたま所蔵されている。各国の軍服コレクションなんかも膨大だ。
何しろ白耳義は、第一次大戦・第二次大戦ともに激戦地になってしまったのだ。一つ一つを紹介はできないので、もしブラッセルに来る機会があったら是非みていただきたい。

まず「1914-18第一次大戦」コーナー。



毒ガス・塹壕・戦車・高射砲に火炎砲。人は敵とみなした相手にこうも悪意をむき出しにできるのか、と考えさせられることになる。
しかし20世紀初頭のハードウェアって当然クラシカルで、現代とのつながりは薄く感じる。

続いての見どころは、飛行機コーナー。

というかほぼ航空博物館です。

自然光を取り入れた巨大ホールには、空軍を中心とした飛行機の遺物がいっぱい展示されている。ベルギー空軍は今もなかなかのものだ。
複葉機からF16、輸送機まで。一部には乗り込める。

ファイティングファルコンさんチース。

ミラージュVやDC-3、ユンカースなんかは日本ではめったに見かけないよね。


SABENA航空のコーナーもあった。


昨今のブリュッセル航空の乗客は、なぜ「SNxxx」という便名がなのか知らない人もいるだろう。SABENAだったからだ。「ANAが日本ヘリコプターだったからNH」みたいな話だ。

オマケ。

  • 飛行船や気球のコーナーまである。ツェッペリンの飛行船やら、モンゴルフィ兄弟の気球まで学べちゃいます。飛行船のエンジンに萌えた。
  • 白耳義の海軍史も学べた。白耳義には海岸線がちょろっとしかない割に、海軍の軍備はしっかりあるし、コーストガードも結構まじめにやっている。

そして最大の見どころ「1919-1945 第二次大戦」コーナー。




ここは量・質ともに圧倒的だ。照明を最低限にした広いブースで、戦史・文化・風俗。戦災だけではない生活影響も含め、イイでもなくヒドイでもなく、淡々と語られる。

当然ヨーロッパ戦線がメイン。そして80年前なので情報の解像度が第一次大戦に比べてずっと高いし、装備も近代的だ。どこがどう侵攻して、独ソ戦がどう推移して、ノルマンディー上陸でどう形勢が変わって・・・と、膨大な史料とともに、大過剰な情報量が提供される。

「Another WWII」。アジアの戦線も語られる。







ブース内には「同期の櫻」のBGMが流れ、千人針の腹巻を締めて特攻していく若者の写真が展示されていたりする。

さらには、中世の武具・甲冑も楽しめますが・・・



おもしろいんだけど、もう頭に入ってこねえよ!

1145おいとま。

2時間近く滞在してしまった。
消費カロリーが極度に高い博物館である。というか戦史・文化史・乗り物史など、博物館5つ分回ったような気分になった。
今日は他のミュージアム行く気力ない。過剰な情報に脳がオーバーフローを起こしている。

市内中心部へ戻っていく。



Parc(ブリュッセル公園)の上辺をかすめてあるく。この辺はRoyal Squareとも称されており、王族関係の建物がならぶ。
いい公園なんだよなぁ。住んでた頃時々来てた。

最後にやっぱり、サンミッシェル。



市内中心部にある、サンミッシェル大聖堂。この町のカテドラルである。ここ来るとやっぱり心が落ち着く。
定番ながら美しいゴシック様式で、飽きない。
さて、そろそろホテルに帰ろうか。

陽春のオイローパXX日間の旅 Day 06

朝。

5時半起床。
身体がこっちのタイムゾーンに順応しました。次なる戦いを前に、オフだ。
少し遊んだら午後は籠る所存。

8時半、食事。


やべー食いすぎたー。

0915出発。

今日もお外はどんより曇り、うすらさむい。

13時半ホテル帰着。

すこし眠い。
一仕事したら午後は仮眠取ろう。

ひきこもり。

18時ごろまで籠もり、明日以降の資料をつくったりなんだり。

寝る前。

ミリも参考にならないブラッセル観光 2026春 (1)

モレンベークという地域を過ぎる。

在欧以外の日本人で「モレンベーク」と聞いてピンとくる人は、それなりにニュース通かもしれない。
なにしろここらあたりが、ISによるパリの同時多発テロが行われたとき、実行犯の温床になったことで知られる、「移民だらけで最悪な地域」だからある。


しかし、今日は心を鬼にして歩く。なにしろ、食って・移動して・ミーティングして・睡眠時間削ってPCに向かう・・・という不健康生活を一週間続けているのである。今日ぐらい心閑かに散歩したい。

そっちにカメラを向ける気にはならない。アーモンドの木が咲いているのを撮ったら直ぐ歩き出す。


ブラッセルで春を告げる木といえば、コブシ、からのアーモンドだ。アーモンドはバラ科サクラ属だけあって、日本人が春に見つけると桜と見間違う。

グリーンベルトを歩いていくと、ブリュッセルの「バジリカ」。




アールデコ様式な巨大建造物、というか教会である。
ここはBasilique(バチカンから特権が付与された大教会)の方であり、Cathédrale(司教座の聖堂)ではない。*1

今日の目的地は、電子部品屋「ELAK」(エラック)。


ブラッセルに今も残る、電子部品屋の一つだ。*2

まだちゃんと電子部品屋さんしてくれててうれしかった。





部品のほかに工具・ケース・ハンダ・マイコン、CB機と、ドストレートなハードウェアがいっぱい置いてある。
たぶん15年ぶりぐらいに来た。僕がいたころはブラッセルのもっと市内中心部そばにあったのだが、移転してだいぶ外れに行ってしまった。

パーツが袋入りでごちゃごちゃとつってあるのがとてもうれしい。


水晶やらフィリップス社製フィルムコンのジャンクやら、燃える。

  • 僕はというと、唯一のアジア人客がジャンクパーツのコーナーでガサゴソやりながらウヒョーってなっている時点で店内で異質な存在である。
  • 悪乗りで、「ドゥーエセセー(2SC)のトランジスタあるー?」などと店員に聞いてみたが、「商社がもし持っていたら取り寄せられる、在庫はない」との返答だった。
  • 昔の店舗と同じで、半導体は後ろの棚から出すスタイルのようだ。会計しながら、「町中にELAKがあったころには時々来てたんだぜ」などと、店員とインチョキフランス語会話。

1145ミッションコンプリート。


そんなわけで市内西側宙域を全速離脱だ。また嫌な地域を通り、ホテルへと戻ることになる。
このあたりには小汚いスーパーや小商店が並び、ショーウィンドウや看板にはアラビア文字が躍り、女性たちはたいていヒジャブっている。
足は少し疲れ始めているが、歩行速度は早まるばかりだ。小汚い店舗に興味本位で入店してはいけない。黄色人種は明らかにここらで浮いている。



そしてあちこち謎の工事中。

1320ホテル帰着。

治安悪い地域を通り無駄につかれはしたが、ウォーキングは気晴らしの意味でも必要だった。

*1:ブラッセルのカテドラルはブリュッセル中心部にそびえ立つ「ど・ゴシック」な、サンミッシェル大聖堂だ。

*2:前回3月はCotubex(コトゥベ)にまいりました。